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あなたの技術・研究の『必要性』を専門外にどう伝える?認知科学と論理学に基づくWhy伝達戦略

Tags: 技術コミュニケーション, 専門外伝達, Why, 認知科学, 論理学, 研究開発マネージャー, 説得力

なぜあなたの技術・研究の『必要性』は伝わりにくいのか

研究開発の最前線で活躍される皆様は、深い専門知識と鋭い分析力をお持ちです。しかしながら、その素晴らしい技術や研究が「なぜ、今、これが必要なのか」という根源的な問いに対する共通認識を、専門外のステークホルダー(営業、マーケティング、経営層など)と形成することに難しさを感じていらっしゃるかもしれません。

研究成果や技術的な優位性はデータや詳細な仕様で示すことができます。一方で、「なぜこれに取り組むのか」「この技術がどのような未来をもたらすのか」といった、活動の動機や背景、そして真の目的、つまり「Why」は、往々にして専門的な文脈の中に埋もれがちです。この「Why」が共有されない限り、専門外からの理解や協力、さらには投資や承認を得ることは困難になります。

本稿では、この「Why」の伝達ギャップを埋めるために、認知科学と論理学という科学的アプローチがどのように役立つのかを解説し、具体的な実践方法を提供いたします。

専門外に『必要性』が伝わる科学的メカニズム

人間が何かを理解し、納得するプロセスには、特定の認知的な傾向や論理的な思考パターンが存在します。

認知科学的視点:因果関係の理解と目的志向推論

認知科学の研究によれば、人間は物事の間の「因果関係」を理解することで、世界を構造化し、予測を立て、納得します。特に、ある行動や活動が「なぜ行われるのか」を理解するためには、その活動がどのような結果を生み出し、それが最終的にどのような目的に繋がるのか、という一連の因果連鎖を把握することが重要です。これを「目的志向推論(Goal-directed reasoning)」と呼びます。

専門家は、技術や研究の必要性を、その技術自体の革新性や、解決する技術的な課題の重要性で捉えがちです。しかし専門外の人は、その技術が「最終的に何をもたらすのか」「自分たちのビジネスや顧客、社会にどう貢献するのか」という、より上位の目的に対する貢献度で必要性を判断します。この目的と、それを達成するための手段(技術・研究)との間の因果関係が明確に示されないと、専門外には「なぜそれが自分たちに必要なのか」が理解できません。

論理学的視点:目的と手段の論理構造

論理学的に見ると、「なぜXが必要なのか」という問いは、「Xという手段が、Yという目的を達成するために有効(あるいは不可欠)である」という形の主張を求めています。ここで重要なのは、目的Yが、聞き手にとって価値のある、あるいは解決すべき課題であると認識されていることです。

専門家は、技術的な有効性(Xの性能が高い、画期的な原理に基づいているなど)を論理の主軸に置きがちですが、専門外にとって説得力を持つのは、その技術が解決する「課題」や、達成する「目的」の妥当性とその技術の有効性との論理的な繋がりです。

例えば、「新しいアルゴリズムAが必要です(手段X)」という主張に対し、専門外は「なぜ?」と問います。これに対し、「既存のアルゴリズムBより計算速度が2倍速いからです」という技術的な説明だけでは、それがなぜ「必要」なのかは伝わりません。必要なのは、「現在のシステムではデータ処理に時間がかかりすぎる(課題、これが目的Yの裏返し)」→「これによりビジネス機会を逃している(課題の重要性)」→「アルゴリズムAは計算速度を2倍にできる(手段の有効性)」→「結果としてデータ処理時間が短縮され、ビジネス機会の損失を防ぐ(目的達成)」という論理構造を示すことです。

ビジネスシーンで『必要性』を効果的に伝えるための実践戦略

これらの科学的知見に基づき、専門外に技術・研究の「必要性」を効果的に伝えるための具体的な戦略を提示いたします。

1. 真の「Why」を定義し直す:ターゲット視点での目的の明確化

あなたの技術や研究の最も根源的な目的は何かを、技術的な側面だけでなく、それがビジネス、顧客、社会にもたらす価値という観点から再定義してください。そして、コミュニケーションの相手(ターゲット)が誰であるかに応じて、その目的をカスタマイズします。

2. 因果関係を明確に伝えるストーリーテリング

単に技術の仕様や研究成果を羅列するのではなく、「なぜ、この技術が必要なのか」から始まり、「それがどのように課題を解決し」「最終的に何をもたらすのか」という一連の因果関係をストーリーとして語ります。

このP → W → H → R/B の流れを意識することで、聞き手は「なぜ、それが必要なのか」という問いに対する納得感のある答えを得やすくなります。

3. 論理的な「推論の鎖」を構築する

あなたの技術や研究の必要性を主張する際に、その主張を支える論理的な根拠を明確にします。

4. 具体的なアナロジー(例え話)や視覚化を活用する

抽象的な技術や研究の目的・必要性を説明する際には、専門外の人が既に理解している具体的な事柄に例える(アナロジー)ことや、必要性と結果の関係を視覚的に示すことが有効です。認知科学によれば、既知の知識構造に関連付けることで新しい情報の理解が促進されます。

例えば、複雑なデータ処理技術の必要性を説明する際に、「これは、膨大な書類の中から必要な情報を瞬時に探し出す、まるで高性能なAI秘書のようなものです」といったアナロジーを使用することで、技術の「何ができるか」だけでなく、「それがなぜ役に立つのか」「どのような状況で必要になるのか」を直感的に伝えることができます。

まとめ:『Why』から始めるコミュニケーションへ

あなたの技術や研究が、専門外の人々にとって「なぜ必要なのか」を効果的に伝えることは、単なる情報共有を超え、共感を呼び、行動を促すための強力な手段です。

これらの科学的知見に基づいたアプローチを意識的に取り入れることで、あなたの技術・研究の「必要性」は、専門外にも確実に響くようになるでしょう。あなたの貴重な知見が、より多くの人々に理解され、ビジネスや社会の発展に貢献することを願っております。