ビジネス対話サイエンス

あなたの技術説明が変わる:認知科学から学ぶ「伝わる例え話」の作り方

Tags: 認知科学, ビジネスコミュニケーション, 技術伝達, アナロジー, 説明技法

複雑な技術を「自分事」として理解してもらう難しさ

研究開発の現場で深い専門知識を追求されている皆様は、日頃からその成果や意義を専門外の方々、例えば営業、マーケティング、あるいは経営層といった方々に説明する機会が多くあるかと存じます。緻密なデータや論理的な構成で説明しても、「どうもピンとこない」「結局何がすごいの?」といった反応に直面することもあるのではないでしょうか。

特に、抽象的な概念、複雑なメカニズム、あるいは未来の可能性といった、形のない技術や研究成果の価値を伝える際には、専門知識の壁が立ちはだかります。なぜなら、聞き手は自身の既存知識や経験に基づき情報を解釈しようとするため、全く新しい、あるいは構造が大きく異なる概念は認知的な負荷が高く、理解や記憶が困難だからです。

このような状況を打破し、「伝わる」説明を実現するための一つの強力なツールが「例え話」、すなわちアナロジーです。単なる比喩ではなく、認知科学に基づいたアナロジーのメカニ質を理解することで、あなたの技術コミュニケーションは飛躍的に向上します。

例え話が「伝わる」科学:認知科学におけるアナロジー的推論

人間は、未知の事柄を理解する際に、既知の事柄との類似点を見つけ出し、そこから推論を行う認知特性を持っています。これを認知科学では「アナロジー的推論」と呼びます。

アナロジー的推論では、私たちが既に深く理解している概念領域(Source Domain:源泉領域)の構造や関係性を、理解したい未知の概念領域(Target Domain:標的領域)に写像(マッピング)します。このマッピングを通じて、標的領域の構造や機能、あるいはその重要性を効率的に、かつ直感的に理解することが可能になります。

例えば、「原子核の周りを電子が回っている様子」を説明する際に、「太陽の周りを惑星が回っている様子」に例えるのは、物理学でよく用いられるアナロジーです。これは、多くの人が惑星の軌道運動をイメージできるため、原子の構造という抽象的な概念を理解する助けとなります。

このプロセスは、聞き手にとって認知負荷を軽減し、「なるほど、そういうことか!」という腑に落ちる感覚を生み出します。難しい専門用語の羅列では得られない、深い理解と記憶への定着を促す効果が科学的に示唆されています。ある認知科学の研究によれば、抽象的な概念を具体的なアナロジーを用いて説明した場合、純粋な定義のみの説明と比較して、理解度や記憶保持率が有意に向上するという報告もあります。

ビジネスシーンで「伝わる例え話」を作るためのステップ

認知科学の知見を応用し、ビジネスコミュニケーションで効果的な例え話を作り、活用するための具体的なステップをご紹介します。

ステップ1:ターゲットの「既知」と「関心」を深く理解する

最も重要なのは、誰に対して説明するか、すなわち聞き手の知識レベル、経験、関心事、そして彼らが抱える課題や期待を正確に把握することです。

彼らの「既知の領域」(Source Domainの候補)を特定し、彼らが何に関心を持っているか(例え話で強調すべき標的領域の側面)を明確にすることが、適切な例え話を見つける第一歩です。

ステップ2:伝えたい「中核メッセージ」を明確にする

例え話は、説明する技術や研究成果の「最も重要なポイント」や「本質的な価値」を際立たせるために用います。すべてを完璧に写像することは難しいため、例え話で伝えたい「中核メッセージ」を一つか二つに絞り込みます。

ステップ3:適切なSource Domainを選定し、マッピングを設計する

聞き手の既知の領域の中から、伝えたい中核メッセージの構造や機能と類似性があり、かつポジティブなイメージを持つSource Domainを選びます。

Source Domainを選んだら、どの要素がTarget Domainのどの要素に対応するのか(マッピング)を整理します。例えば、「洪水調整ダム」の例では、「ダム」が「システム」、「水量」が「データ流量」、「調整機能」が「制御機能」に対応するといった具合です。

ステップ4:分かりやすい言葉で例え話を展開する

選定したSource DomainとTarget Domainのマッピングを、平易な言葉で説明します。「これは、〜に例えると、〜のようなものです」「ちょうど、〜が〜するのと同じように、この技術は〜を行います」といったフレーズを活用し、対応関係を明確に示します。

専門用語を使わず、具体的なイメージが湧くように描写することが重要です。

ステップ5:聞き手の理解を確認し、調整する

例え話をした後、「この例えでイメージ掴めましたでしょうか?」「他に分かりにくい点はありますか?」といった質問を投げかけ、聞き手がどのように理解したかを確認します。もし誤解が生じているようであれば、別の例えを用意したり、マッピングをさらに詳細に説明したりと、柔軟に調整します。

まとめ:認知科学に基づいた例え話で、専門知識の壁を越える

複雑な技術や研究成果を専門外に伝えることは、研究開発マネージャーにとって避けて通れない、しかし非常に難易度の高い課題です。認知科学が示すように、人間は既知の情報を基に新しい情報を理解する「アナロジー的推論」の能力を持っています。この特性を意図的に活用する「例え話」は、抽象的な概念を直感的に、かつ効率的に伝えるための強力な武器となります。

本記事でご紹介したステップ(ターゲット理解、中核メッセージ特定、Source Domain選定・マッピング、分かりやすい説明、理解確認)を意識的に実践することで、あなたの技術説明は単なる情報の羅列から、聞き手の心に響き、行動を促す「伝わる」コミュニケーションへと変わるはずです。次の会議やプレゼンテーションで、ぜひ認知科学に基づいた効果的な例え話を取り入れてみてください。